名古屋の高2少年が、東京で通り魔をした事件で思うこと

土曜日の朝に、東京大学の試験会場近くで、受験生3人が背中から刺された事件がありましたよね。

被害者の3名の回復と、適切に受験の便宜が図られることを願っています。

また、高2少年にも、何とかして立ち直って欲しい所です。

でも、まあ、案の定、色々な所で、この事件に言及し、「身勝手な行動」「一人で死ねばいいのに」と少年に対するバッシングが飛び交っています。

そりゃ、少年は悪いことしたさ。相応に償ってもらわなければいけない。

でも、少年が凶行に及ぶほど、何かに追い詰められていたことは想像に難くないはずです。

誰か、そこを気遣ってやれないのかとまでは言わないけど、せめてこれ以上、追い詰めてやるなと言いたい。報道や世間様とやらは、少年を追い詰めるような空気感を、必死になって作っているように見える。

事件が起こった。犯人はあいつだ。身勝手な考えで面識もない相手を刺した凶悪犯だ。さあ、みんなでつるし上げよう。悪に攻撃するのは正義の振る舞いだ。世間公認のいじめられっ子だ。どんなにいじめても、それは正しいと認めてもらえるぞ。いじめに参加しなければ損をするぞ。だって、それが正義なんだから。参加しない奴は叩かれて当然だ。

私の目には、こんな風に見えています。

報道では、勉強が上手くいかなかったことが原因で凶行に至ったとミスリードを誘う形でニュースを流していますが、ニュースの文面を見ていると、取り調べの中で、「勉強が上手くいかなかった」と話しただけで、それが原因とも何とも語ってはいません。警察が取り調べの中で、探りを入れようと振った話の一つだろうと思われます。
報道側で、それらしいストーリーを作ろうとしているのが見え透いてて、うんざりします。

少年の中では、凶行に至った原因が漠然としていて、うまく整理できていないのかもしれません。それは観念的だったり、周囲からの圧力だったり、本当に身勝手な思惑なのかもしれません。
そもそも、それが整理できるようなら、そうそう凶行にまでは至らないでしょう。

自分の言うことを、まともには聞いてもらえず、聞き手の都合のいいところだけ、聞き手の理解できるところだけを抜き出して、話が進められているのではないでしょうか。自分の話を聞いてもらえないどころか、話が出来るような流れではない中で取り調べが進んでいるんだろうと邪推してしまいます。
そして、報道が、その中から都合のいい部分を抜き出して発表する。さあ、いじめられっ子を用意したよ、みんなで叩きましょうと煽っている。

そして、世の中には頭のおかしい奴がいると結論付けて、次の生贄に群がるのでしょうね。何も解決しないまま。

人は、正義が好きですが、自分が正義であるために、悪を求めています。

正義というのは、極論すれば「自分」です。自分が正しい。まぁ、私のように、自分に自信のない人も世の中には大勢いますが。そして、悪というのは、「自分にとって都合の悪い奴」です。それに加えて「攻撃しても反撃される心配のない弱い奴」ですね。「自分にとって都合のいい弱い奴」と言ってもいいのかな。

これは、言うまでもなく、私の偏見にすぎません。私は、正義に加担するくらいなら、弱い悪に味方したいという、所詮は「悪」の側の人間、ただの偏屈者なので、この文も真に受けるに値しない戯言に過ぎないですがね。

コメント

  1. stpine2 より:

    炎上しなけりゃいいけどな…

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